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猿橋(山梨県大月市) [その他]

上野原市から都留市へ向う途中、大月市を通る。
せっかく大月市を通るのだから、日本三大奇橋と言われている『猿橋』に寄ってみた。
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これが猿橋。
これだけ見ると、至って普通の木橋である。
横から見るとこんな感じになっている。
sarubashi2.JPG
このトリッキーな構造の橋は刎橋と言われるもの。
刎橋とは、両岸の岩盤に穴を開け、刎木を差込み、それを何段にも重ねて、その刎木の層によって橋桁を受ける橋である。各刎木には屋根が付けられているが、刎木の腐食防止の為だろう。
sarubashi3.JPG
いつからこの構造の橋になったは定かではないが、少なくとも300年くらい前からは、この様式だったと言われている。
現在の橋は、昭和59年に1851年の橋を復元したもの。復元する際、刎木は鋼材にし、岸の岩盤はコンクリで固めて作られた。鋼材は、木板で覆われている為、オール木橋のように見える。
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水面からの高さは31mもある。
橋から見るとこんな感じである。
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橋の手前にある山王宮。
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昭和36年に建てられた三猿塔。
猿橋は、猿が藤蔓に飛びつきながら両岸を往来していたのをヒントに、百済の造園博士が橋を構築したと言われている。

手づくり感溢れるこういった塔は好きだ。
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白猿の石像。
ある聖人が房州から身延へ向う途中に北条方の武士に殺されそうになったのを、数百の猿が橋を作って、聖人渡らせて助けたという話から、猿を祭神として建てられたとのこと。
猿橋周辺には、こういった猿にまつわる逸話が多いようである。
日本の三奇橋というと、ここ猿橋と岩国の錦帯橋が上げられるが、残り1つは様々である。三大ナントカと言う場合、得てして1つは定まらないケースが多い。

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ガンダムEXPO東京2007 [その他]

昨年の盆の頃、池袋サンシャインでガンダムEXPO東京2007があったので友人と行ってきた。この日は、武蔵小杉で開催されていた「安彦良和」展にも行き、Wヘッダーを強行したが、暑いにも度が過ぎる程の夏で、昇天寸前であった。しかし、その後映画見て、夜は飲みに行った自分のタフネスっぷりに、あらためて関心してみた。
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サンシャインンは結構久ぶり。
入場は無料ということと、夏休み真っ最中の為、非常に賑わっていた。
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入場ゲートから入ってすぐに設置してあった2mくらいのガンダム&ジオング。
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先のガンダムの斜め向いには、Zガンダム&百式が設置。これも2mくらい。Zの顔がボテッとしてて、ちょっとバランスが悪い。Zはシャープな顔が命だ。
G_EXPO4.JPG百式のプロポーションはいい。ただ、色はもうちょっとゴールドして欲しかったですかね。コストは多少張りますが、塗装ではなく、金色メッキだとカッコいいよ。
ストライクフリーダム。歴代ガンダムの中でも、カッコよさはトップクラスだ。
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正面とサイドから。
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サイド7の模型。
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1/1ザクヘッド。
でけ~と関心して見てると......










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モノアイでギョロっと睨まれて、ちとビビる
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1/1ザクヘッドの横パネルには、ザクは象9頭分の重さだとか、走行スピードは犬より速いがチーターより遅いといった、ザクに関するどうでもいいウンチクが記載されていた。どうでもいいネタでも、いつか酒のつまみにはなるだろう。
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ガンダムグッズも多く展示されていた。
気になったモノを幾つかピックアップしてみる。

まずはオール木工のガンダム。
製作者は、仏師の工房らしい。
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ブロック(レゴ風)ガンダム。
思ったより、様になっている。
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プラチナガンダム。
展示スペースの奥でクルクル回っていて、写真を取りづらい。顔が良く見えないが、パネルを見る限りでは、結構な出来栄えのようだ。
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コントのようなポージングの1/10ガンダムとシャアザク。
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ツダとビグ・ランクのスクラッチビルド。
MS IGLOO(オールCGの作品。漫画もあり)に登場のMSとMA。
先に発売されたPSP「ギレンの野望アクシズの脅威」では早速開発できたが、使いモノにならなかった(w
G_EXPO16.JPG
オレを狙うなよっ!

ジムスナイパーのジオラマ。
ガンダム00の放映前だったので、00の作品紹介のスペースが設けてあった。
プロモが定期的に流れていたが、あまり盛り上がっていなかった気がする。思い入れがまだ無かったからだろう。
■ガンダム関連記事⇒『道の駅久米の里』 Zガンダム

タグ:ガンダム
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渋川の凱旋紀念門(静岡県浜松市) [その他]

日露戦争後、戦地から帰還した兵士を歓迎する為に、全国に凱旋門が造られた。
日清、日露戦争と対外戦争が続き、かろうじて勝ったとは言え、大国ロシアを破ったことは、国を挙げての祝賀だったのだろう。
そんな凱旋門も、次々に消えていき、今では2件を残すのみとなっている。
その1つ、静岡県浜松市の引佐町に残る凱旋門を見に行った。
shibukawa1.JPG
前日泊った舘山寺温泉のホテルから、車で40分くらい走らしたところに引佐町がある。途中県道47号になった頃から、川沿いの車1台が通れる道が続き、かなり心細かったが、凱旋門が視界に入ったときはホッとした。凱旋門をちょっと先に行った交差点を左折したところに、車を停めれるスペースがあったので、そこに停めて凱旋門に向った。
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山田の凱旋門は石造りだったが、こちらはレンガ積み。
積み方は、フランス積みである。
shibukawa3.JPG
六所神社の参道に建てられている為、車での凱旋はできなかった(w
後ろからみたところ。
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正式には、「凱旋紀念門」
現在確認できている凱旋門は2件だが、どかかにまだありそうな気がする

タグ:近代建築
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山田の凱旋門(鹿児島県姶良町) [その他]

日露戦争後、戦地から帰還した兵士を歓迎する為、各地に凱旋門が作られた。
戦前には多く残っていたが、現在は現存するのは2件のみである。
その一つ、鹿児島姶良町に残る凱旋門を見に行った。
yamada1.JPG
山田地区公民館の裏にあるという情報だったので、公民館に車を停めて、裏に回ってみると、石造りの凱旋門がポツンと現れる。思いのほか、小さい。
この凱旋門は、山田村から従軍した人達の帰還を記念して、山田村兵事会が建設したもの。
明治39年の建築。
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門の後ろの階段脇に、防空壕らしき穴がある。
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階段の中腹には、砲弾が置かれている。
よく神社で見かけるもの。
さらに奥は、忠魂社があるらしい。
(雨の為、そこまで行かなかった...)
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中腹から見下ろすと、こんな感じ。
yamada7.JPG
オレも、凱旋してみたよ(w

この日は台風が接近しており、この後は宮崎へ向ったのだが、高速道路では風で車が横スライドするという恐ろしい目にあったのだった.....

山田の凱旋門


タグ:近代建築
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『道の駅久米の里』 Zガンダム(岡山県津山市) [その他]

岡山県津山市にある「道の駅久米の里」に個人が作った7mのZガンダムが展示されているとのことで、前々から興味があったので、広島に帰省する途中にぶらりと寄ってみた。
今でこそ道の駅に専用ドック(ガレージ)を設置し、そこに格納されているが、その前は製作者の中元氏の自宅の庭にあって、訪ねてくる人に親切に対応していたと、その当時話題になった記憶がある。その時は、コクピットにも乗せてもらえたらしく、今ではうらやましい限りである。
中国自動車道の院庄ICで降り、道の駅へ向かう。標識を見ながら、ボチボチかなと思ってると、現れました。おおぉ~
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z_gundam2.JPG 車を早々と停め、足取り早く近づく....
デカいっ!!!

このZガンダムは、道の駅開設の計画に際、中元氏より寄贈の申し出があって、ここに設置されることになったという。
専用ドックもなかなかマッチして、いい雰囲気。
ちなみにZガンダムが見れるのは、
9:30~18:00なので、見に行く人は注意。

下から見上げてみる。顔が見えない。
よく見ると、非常にデキがいいのにビックリする。とてもじゃないが、個人が製作したレベルとは思えない。企業がアトラクション用に力いっぱい造ったレベルである。
外装はFRP製。
製作者の中元氏は、7年掛けてこのZガンダムを製作したという。(1999年12月完)しかも当初はエヴァのような感じで外部電源と繋いで動くことを前提に設計、製作したということだ。

結局、外観が出来たところで完成としたらしい。
関節には油圧シリンダーが仕込まれていたり、熱放出用の通風孔があったりと、その名残を見ることができる。このような細かさが、出来の良さ、リアルさをより引き立てているのだろう。
また、自立することを考慮してか、足のサイズが一回りはデカい。
中元氏は、ガンダマーな方というわけではなく、生粋にモノづくり(自立二足歩行ロボット)がしたかっただけで、たまたま雑誌で見かけて気に入ったのがZガンダムであったということらしい。

車以外での交通の便はいいとは言えず、なかなか見る機会がないかもしれないが、ぜひこのZガンダムを堪能してもらいたい。
君は時の涙を見る・・・・
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7mのZガンダム!!


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二ヶ領用水探索(その三) [その他]

JR久地駅の手前で上河原からの水路と合流する。
用水の幅も広くなる。
ここからしばらくは、ひたすら歩く。

庚申塔...かな?自信ナシ

二ヶ領用水の久地分量樋跡の石碑。
久地で合流した用水の水を4つの堀に分ける際、各堀の水量比率を保つ施設。
江戸中期に作られたが、昭和16年の久地円筒分水の完成をもって、役目を終えた。
水量の比率によって、村間の争いが絶えなかったという。

久地分量樋の古写真。
明治43年撮影のもの。
案内板より

より正確な分配をするために作られたのが、久地円筒分水。(国登録文化財)
サイフォンの原理を利用しており、二ヶ領水が平瀬川の下を潜り、内側の円筒の水が溜まり、溢れて外側に円筒に水が流れる。
外側の円筒の縁には各堀への分量調整するための切り欠きが施されている。

久地円筒分水の平面図と断面図。
案内板より。

建造当時の柵の柱。
今ではベンチ代わりになっている。

分水のすぐ近くに鎮座する久地神社。

 多摩川(登戸)からの二ヶ領用水遊歩はまずはここで終了。
最後に円筒分水のような希少物件も見れたし、ぶらぶら散歩にもってこいのコースでしょう。
できれば桜の季節をオススメする。
ただ、久地を越えてからはしばらくは何もなく単調なので、散歩は登戸~久地で区切って、久地円筒分水へは車で行ってもいいかもしれない。


タグ:用水路
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二ヶ領用水探索(その弐) [その他]

遊歩道を進む。
左右チェンジが非常に頻繁になってくる。

八幡下圦樋の記念碑。
下流の水害を防ぐために明治43年に築かれた。
これにより多摩川に放水して水を調整したが、昭和も終わりごろになると、これが逆に堰になってしまい、水害の原因になることから撤去されることになった。

川崎緑化センターの中を通る。
センター内では、二ヶ領用水を横切るような水路の橋がある。
センター内には、様々な植物が植えてあり、時間があればゆっくりと散歩することススめる。

用水にはカモが多く見られる。

緑化センターをちょっと過ぎたところに、非常に不思議な形状の門が現れる。
屋根の反りといい、扉の手間に飛び出しているひさしの屋根といい、どのカテゴリーにも属さない門だ。

で、本堂....
スゴくねぇ。
入母屋の堂に三重塔が合体した非常にエキセントリックな建物だ。
安土城の天主閣は、この本堂の三重塔の部分がもっと大きくて2重だった感じに似ているだろう。
新明国上教会という、大正に開基した宗教の施設。由来によると、自然宗教のようだ。

稲荷橋。
橋を渡たると稲荷社がある。

境内には、歳の神御神体の祠がある。
火に関する神のようである。

稲荷社の向かいにある庚申塔?
明治初期に建立されたもの。

庚申塔と道を挟んであるのが、中宿地蔵尊。

宿河原という地名の話が、吉田兼好の徒然草に記載されていることから建てられた記念碑。
宿河原の地名を記載した最古の文献が、この徒然草である。
上に見える道路が東名自動車道。

東名を越えると水面横の遊歩道はなくなり、堀も深くなる。

二ヶ領用水探索その三に続く→→ 


タグ:用水路
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二ヶ領用水探索(その壱) [その他]

JR南武線の登戸~久地にかけて平行して流れている水路が、二ヶ領用水(宿河原用水)である。
二ヶ領用水とは、徳川家康が関東に入封後、この付近の農業用水確保のため、家臣の小泉次大夫の指揮のもと作られた用水路である。ちなみに二ヶ領とは、天領である川崎領と稲毛領を合わせた領域のこと。
この用水路により、不毛の地から大農作地帯となり、人口過密な江戸の近郊ということもあり、作物の供給地となった。
ただ、水の確保は生活に直結することから、水に関する村間の争いは絶えなかったようだ。
現在は都市開発により農業用水としての機能は無くなったが、二ヶ領用水の一部である宿河原用水は、遊歩道として整備されており、地域の憩いの場として生まれ変わっている。

宿河原用水を中心に探索してみた。

登戸駅から3分程度で多摩川の河川敷に到着。二ヶ領用水の入り口である「宿河原堰堤取水口」。
二ヶ領の取水口は、さらに上流の上河原堰堤取水口の2つある。

宿河原堰堤取水口付近にある船島稲荷社。
昭和13年に川が決壊して、社内は水浸しになったが、すぐに復興し現在に至る。
祠はコンクリだが、蟇股は狐が彫刻された木製。再建された際、ここだけ再利用されたのだろう。

登戸から川崎緑化センターくらいまでは、水面近くに遊歩道が設けられている。
遊歩道は、コンクリ、石造、木製などバラエティに富んでいる。
また位置も何度も左右にチェンジする。
なかなか工夫されている。

時には、遊歩道が水面近くではなくなる箇所もある。

JR南武線とも交差する。
高さは1.3m程度で、大人はかがまないと進めない。
列車が通っているときはかなりスリル満載だろう。

遊歩道脇には、桜並木となっており、桜の季節には賑わいそうだ。

中には梅もある。
散歩したのは2月中旬頃だったが、早くも咲いていた。

宿河原駅付近の比較的新しそうな遊歩道は、水路部より広い。
というより、水面の上に遊歩道があり、水上遊歩道といった感じだ。

宿河原駅近くにある八幡宮。
由来板等がないので、由来はわからない。
そんなに古くはないだろうが、忠魂碑があったので、少なくとも戦前からはあったようだ。

展望できる場所が設置されている。
実はここからは、4月中旬に再訪した時の写真の為、桜が緑になっている。

展望場から見たところ。
別に橋でもいいような気がするが、こういった手作り感がいいな~と思ったら...

手づくり郷土大賞の記念碑が。
確かに歩いていると、地域に親しまれているのが伝わってくる。

→→二ヶ領用水探索その弐に続く


タグ:用水路
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