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陸軍被服支廠(広島市南区) [戦争遺跡]

広島市は、明治に陸軍第五師団が置かれて以来、軍都として発展することとなる。
特に日清戦争時には、大本営が置かれ、帝国議会も開かれたことから、
形式上では首都となったわけである。
また、兵站基地としても発展した為、兵器、食糧、軍服の工場や倉庫も次々と作られていった。
これらの工場、倉庫群は、爆心地から多少離れている為、戦後も幾つか現存していたのだが、
跡地に大学や病院が建てられ、残っていた建物も次々と姿を消していった。

幾つか現存する物件の中でも、一番現存建物が多い、陸軍被服支廠の倉庫を紹介するよ。
被服支廠は、主に軍服等の衣に関するモノを製造する工場。
紹介するレンガ建物は、その工場の倉庫群である。

hifuku1.JPG

皆実高校の横の脇道に1棟の長さが100m近くもある倉庫が3棟建ち並び、道の突き当たりを曲がると、
さらに1棟が現存し、その壮大な建物に圧倒される。

hifuku2.JPG
hifuku3.JPG

奥行き3間(1階は4間)、2階建てのレンガ建物。

hifuku4.JPG

鉄扉を見ると.......
かな~りひん曲がってますが、これは原爆の爆風によるもの。

hifuku5.JPG

ほとんどの窓が曲がっており、爆風のすさまじさが伝わってくる。

小学校の頃にこの脇道を通って塾に行っていたのだが、不思議な建物だなと気になっていた。
その頃は、手前の幹線道路は宇品方面と繋がっていなかったので、この辺りは今ほど賑やかではなく、
かなり寂しいところでしたね。

南側に残る1棟。
hifuku6.JPG
10号棟と呼ばれる倉庫。構造はすべて同じ。

現存している4棟の内、使われているのは1棟のみ。
昔は、広島大学の学生寮として使われたこともあるようだが、今は未活用とのこと。
管理だけはしっかりしてもらいたいものだ。
nice!(14)  コメント(6) 
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コメント 6

ノリパ

爆風の影響ですか。それは取り外して永久保存しとかないと、いつか忘れ去られ
ますね。
by ノリパ (2010-09-08 17:34) 

takechan

広島にも、こういう建物が奇跡的にいくつか残ってますよね。
すごいですね。
by takechan (2010-09-08 22:31) 

ガンビー

>ノリパさん
そもそもこの状態でよく残っていると思いますよね。
使用する際に、取り替えそうな感じするのですが。

>takechanさん
爆心地から多少離れたところで、レンガやコンクリ建築は、
それなりの残っていたようです。
他の地域と同じく、都市開発の中で消えて行ったようですが。
by ガンビー (2010-09-10 01:36) 

響

鉄の窓がなんとも重厚で良い感じですね。
こんなに長く赤煉瓦が続く路地は素敵です。
行ってみたいな。
南区・・・フムフム

by (2010-09-22 11:48) 

keroro

うーん、なんとも重々しい建物ですね。
広島へ行けども、このような建物に目を向けなかった。
避けている部分もあるのかなぁ。
by keroro (2010-10-20 22:57) 

ガンビー

>響さん
L字に4棟並んでる姿は圧巻です。
現存しているレンガ建物は、窓は改築されて原形を留めていないことが多いですが、
ここはひん曲がったまま残ってるのが貴重だと思います。

>keroroさん
次々と被爆建物が消えていく中で、残したい物件だと思います。
観光地からは微妙なところにあるので、これ目的で行くことはあまり無いですかね。
by ガンビー (2010-10-24 14:24) 

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