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高松城(香川県高松市) [城]

高松城
1587年に秀吉が瀬戸内海の東部の押さえのため、生駒親正に讃岐17万石を与えた。
高松城は、水軍の運用に重きを置き、海面に面した海城として築城され、日本3大海城の1つと呼ばれる。
生駒家は4代目のときにお家騒動が起り転封となり、この地には水戸藩徳川頼房の長子松平頼重が入り、親藩として西国外様大名と瀬戸内海に睨みをきかせた。
このとき、北の丸や東の丸を造営・拡張された。
現在は玉藻公園として、管理・公開されている。
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車を香川県歴史博物館の駐車場に停め、玉藻公園に向う。
歴史博物館の隣に香川県県民ホールがあり、その敷地内に艮櫓台と東の丸の石垣が残っている。
石垣の一部が保存され、敷地に組み込まれているケースはよく見られるが、ここまで石垣が残っている姿は、ちょっと面白い。
ちなみにこの良櫓は現存しており、桜の馬場の旧太鼓櫓跡に移築されている。
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艮櫓台から見る。保存状態は良い。
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北の丸に現存する月見櫓。
ちょっとした天守閣クラスである。
昔は北の丸・東の丸と海面に面しており、先の艮櫓・月見櫓・鹿櫓(現存せず)が立ち並ぶ姿は壮大であった。
海は埋め立てられて、陸地となっている姿はちょっと寂しいものがある。
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月見櫓に併設されいる水手御門と渡櫓。
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玉藻公園は二の丸が入口となっている。
二の丸と三の丸の堺にある水門から見た本丸。
奥の高石垣が天守台で、右側に連なる石垣は二の丸の石垣。
左側は三の丸。
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三の丸から見た天守台と二の丸。
天守台と二の丸は鞘橋と呼ばれる屋根付き橋で繋がっている。この橋は天守は破却された1884年に架けられたもの。
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鞘橋から見た天守台。
天守台には、松平頼重を祀っていた玉藻廟。
ちょうど訪問してまもなく、屋島神社に移転されたらしい。
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三の丸の桜の馬場辺りから見た本丸。
天守台以外の低い部分は、古図会を見ると、1つの二重櫓と多聞櫓で囲まれていたようだ。
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三の丸の桜御門の石垣。
戦前まで現存していた櫓門で、空襲により焼失。「ここもかっ」って感じで切ない。
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桜御門の手前にある船着場?
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太鼓櫓跡に移築された艮櫓。
移築された際、向きを90度変えられている。
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堀の外から見た艮櫓。
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艮櫓の横にある旭橋と旭門。
この橋の横に玉藻公園の駐車場があるのだが、非常にわかり辛い。おかげで有料の歴史博物館の駐車場に停めてしまった。
あいにくの雨なのは残念であったが、多くの遺構が現存しており、見所がいっぱいであった。
有料公園だけあって、手入れが行き届いており、気持ちのいい公園だよ。
天守再建が計画されて久しいが、最近は文化庁の認可がなかなか降りないらしい。
再建をする際は、史跡の天守台の石垣にも手を入れなければならず、文化財に手を入れるからには、適切な復元でなければならないということだ。
しかし天守なんて、ほとんどが明治の初期に破却されているので、思ってる以上に資料なんてなく、どこも苦戦してるようだ。各方向からの古写真と雛形木造があれば即OKなんだが。

玉藻公園


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