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徳島城(徳島県徳島市) [城]

徳島城
秀吉の四国平定の勲功で、1585年に蜂須賀家政が阿波18万石で入封し、翌年に築城した城。
吉野川の支流である助任川と寺島川に囲まれた三角洲の小山に造られた、本丸を頂上とする連郭式の平山城である。
蜂須賀家はその後、大坂の役での勲功で加増し25万石となり、明治を迎えた。
豊臣系大名でありながら、関ヶ原の役より前から国替のない大身の大名は珍しい。
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城址の北側にある駐車場に車を停めて、登城へ向う。このとき、博物館が休館であることを知らされ、がっかりした。また天気もあいにくの雨で、がっかりに拍車を掛ける。

城の鬼門方向にある数寄屋橋。
今回はここから登城開始した。
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数寄屋橋から見た水掘。
建造物は全く残っていないが、石垣や堀はよく保存されている。
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西二の丸から見た本丸の石垣。草がいい感じ。
縄張りとして、東二の丸・本丸・西二の丸・三の丸と連なる連結式で、東二の丸の麓に御殿等の居館が建てられ、三の丸の麓に西の丸が配置され、そこには西御殿が建てられていた。
天守は本丸ではなく、東二の丸に建てられていた。これは、紀伊水道を監視するのが目的だったのだろう。
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西二の丸の弓櫓跡と弓櫓跡から三の丸を見たところ。
石垣自体はよく残っているのだが、保存状態はあまりいいとはいえない。
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帳櫓跡。
徳島城の石垣は、横長なのが特徴的である。
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公園の中心に建っている蜂須賀家政の像。
戦前は、家祖の正勝の甲冑姿の像が建っていたが、金属供出令によって弾となってしまった。
現在のは昭和40年に建てられた。
袴姿が悪いとは言わないが、ちょっと迫力不足だ。
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下乗橋。
徳島御殿への出入口で、枡形門となっており、厳重に守られていた。
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下乗橋の外側にある鷲の門。徳島城の表門となる。
明治になって建物をことごとく破却した徳島城にあって、唯一の遺構であったが、
惜しくも徳島大空襲で焼失してしまった。
現在の門は、個人の寄贈によって平成元年に復元されたもの。

東二の丸、本丸と何も見所がなく、写真をスルーした。
今では記録の意味から片っ端から写真を撮るが、もともとあまり写真を撮るほうではなかったのだ。
ちょうどこの旅の後に買ったSyber-shotT9から、ひたすら撮りまくりな旅へと変わったのだ。

徳島城跡


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