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深大寺城(東京都調布市) [城]

東京都調布市にある古刹の深大寺。
今尚、門前町の風情を残し、観光客で賑わう寺だ。
その深大寺の前に、扇谷上杉家が築城した深大寺城がある。
深大寺城の大半は、宅地開発により住宅やテニスコートとなっているが、
主郭と二郭は神代植物公園として、残されている。
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深大寺城は、舌状台地に作られた直線連郭式の城で、扇谷上杉家の城でよく見られる縄張りである。
この深大寺城は、本拠地の江戸城を北条に落とされ、河越城に本拠を移した上杉家が、
北条氏に対する反撃拠点として作られた。
この深大寺城の出現により、北条氏は江戸以東を分断されてしまい、戦力の運用に狂いが生じるのである。
しかし、北条氏綱は深大寺城を攻略するのではなく、先に河越城を攻撃、攻略することによって、
深大寺城を無力化してしまったのである。
良くも悪くも戦うことなく廃城となった深大寺城を見ていくこととする。

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主郭と二郭の空堀。奥に見えるのは、主郭に入る土橋。
堀はかなり埋もれて、シャープさが無くなっているが、薬研堀である。
進んで、先から見てみる。
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ここの堀の特徴は、二郭側にも小さな土塁があることで、
この土塁により敵からは堀内部の様子がわからないようになっている。
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主郭と二郭の虎口(手前が主郭)
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虎口の左側の藪の中が櫓台である。
この櫓は、主郭の虎口の横矢を掛けるというより、
二郭の虎口から進入してくる敵を攻撃する為に置かれているようである。

天文年間(1530年代)における築城技術としては、かなり完成度の高い城であろう。
この後、集団戦術、鉄砲伝来など、戦いの様相が変わると共に、城の縄張りも変わってくる。
土の築城術は、これらの上杉家等の関東武士の技法を取り入れつつ、北条氏が昇華させていくことになる。

やっぱ深大寺といえば、深大寺そば。
ここに来たら食わなきゃでしょっ!
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神代植物公園


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