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天徳寺(港区虎ノ門) [江戸の風情]

丸ノ内線神谷町駅で降り、桜田通りを一本入った道を虎ノ門方面へ3分程度歩くと天徳寺がある。
天徳寺は、江戸時代は浄土宗江戸四ヶ寺の1つで、江戸城拡張に伴い、1611年にこちらに移ってきた。
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この辺りはビルが林立するエリアであるが、この天徳寺や愛宕山などが、喧騒な中でも静かな雰囲気を出している。
浄土宗江戸四ヶ寺として、江戸時代は広大な寺域を持っていたが、今ではこじんまりとした寺になっている。
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境内に入って左側に2基の墓がある。
篆刻家の高芙蓉と河井筌廬の墓である。
高芙蓉は江戸中期で「印聖」と言われた篆刻家。
河井筌廬は戦前に活躍した篆刻家。
と、説明板に書かれていたが、篆刻について疎い為、知らなかった。
先の墓の右隣には、1mオーバーの比較的大きな石仏と五輪塔が並ぶ。
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順に阿弥陀如来、如意輪観音、五輪塔、聖観音。
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聖観音は、蓮台を持つ立像。
周辺にある石物には三つ葵紋があるので、尾張徳川家が建てたものだろう。ここ天徳寺は尾張徳川家の江戸菩提寺であったためだ。
左横にちょこっと見えている緑泥片石製の板碑は、鎌倉時代に造られたもの。
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2005年に新築された八角形の本堂。
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本堂前にあった台座。円形の跡があるので、灯篭か?
台座の大きさからすると、かなり大きな石塔だったと思われる。境内には分解?された石物がゴロゴロしていたのが気になった。
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鐘堂。
12角形で、起(むく)り屋根という変わった造形。
八角形の本堂といい、多角形が好きらしい。
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大給(西尾藩)家と松平家の墓(号塔?)。
松平家の墓には、「一つ葉葵」の紋が刻まれており、調べると西尾藩松平家のものらしい。西尾松平家と大給松平家(家紋は蔦)との関係がよくわからない。
今後の課題とさせていただきたい。

他に竹腰家(今尾藩主)、松井家(川越藩主)の墓あり。
江戸期には、その他にも多くの大名の江戸菩提寺だったはずなのだが、ほとんど消失?している。境内にも墓域はほとんどない。どこか違う場所にあるのだろうか?

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